ホタル百科事典/ホタルの生息環境5.

東京にそだつホタル

ホタルの生息条件

ホタルの住む環境とは

ゲンジボタルの住む環境とは、いったいどうものなのでしょうか。どのような生息条件なのでしょうか。ゲンジボタルが生息している場所は、実に様々です。西日本と東日本でも異なっています。更に東日本の東京の生息地だけを比較しても多様な環境があります。例えば「谷戸田」、「渓流」、「ハケ」、どれを見ても同じではありません。水温や水深、底質、水質も一律ではありません。しかしながら、ホタルの生態を考えたとき、いくつもの共通の重要な事柄が見えてきます。それぞれの生息地の特殊性をふまえながら、ゲンジボタルの共通の生息条件とそれを支える個々の要因を把握したいと思います。
 まず、東京都におけるゲンジボタルの生息地から、その生息条件として考えられる基本的な項目を列挙します。

ゲンジボタルの基本的生息条件

ゲンジボタルの基本的生息条件

条件

成虫

飛翔空間がある。
風当たりが強くない。
人工照明がない。
休息場所となる木陰がある。

水際にコケが生えている。

幼虫

水質が安定している。
溶存酸素量が豊富である。
農薬・家庭排水が混入しない。
瀬や淵のある多様な形態の河川である。
水系全体が長期間安定している。
カワニナが豊富に生息している。
カワニナの餌が豊富である。

中州や岸がある。
蛹化に適した土質である。
岸辺環境が物理的に長期間安定している。

 上記条件をすべて備える場所であれば、基本的にゲンジボタルは生息可能であると言えますが、次に上記の条件を支える個々の要因について生息地のデータを元に検証したいと思います。

ゲンジボタルの生息条件 - 水質的要因/化学的水質判定 -

ホタルの生息条件における水質的要因/化学的水質判定

項目

範囲(東京の生息3地域の値)

水温

2.0〜28.0

水素イオン濃度

PH

6.5〜8.3

溶存酸素量

DO(mg/l)

6.8〜11.8

生物化学的酸素要求量

BOD(mg/l)

0.5〜1.8

化学的酸素要求量

COD(mg/l)

0.5〜3.4

カルシウムイオン

Ca (ppm)

11.46〜13.2

塩化物イオン

Cl- (ppm)

6.19〜11.2

アンモニア態窒素

NH4+-N (ppm)

0.03〜0.12

硝酸態窒素

NO3--N (ppm)

0.43〜0.45

珪酸態珪素

Sio2-Si (ppm)

0.50〜0.58

マグネシウム

Mg (ppm)

2.5〜3.2

電導率

μS/cm

80〜200

ホタルの生息条件(水質に関する用語説明)

項目

用語説明

水素イオン濃度 PH

水の酸性・アルカリ性を示すものでpHが7のときは中性、これより数値の高い場合はアルカリ性、低い場合は酸性であることを示します。pHの急激な変化は有害物質の混入などの異常があったことを示します。河川水では通常7付近ですが、海水の混入、温泉水の混入、流域の地質(石灰岩地帯など)、人為汚染(工場排水など)、植物プランクトンの光合成(特に夏期)などにより酸性あるいはアルカリ性になることがあります。

溶存酸素量 DO

DOは Dissolved Oxygen の略称で、水中に溶けている酸素の量です。酸素の溶解度は水温、塩分、気圧等に影響され、水温が高くなると小さくなります。DOは河川や海域の自浄作用、魚類などの水生生物の生活には不可欠なものです。一般魚介類が生存するためには3mg/l以上、好気性微生物が活発に活動するためには2mg/l以上が必要で、それ以下では嫌気性分解が起こり、悪臭物質が発生します。

生物化学的酸素要求量 BOD

BODは Biochemical Oxygen Demand の略称です。溶存酸素(DO)が十分ある中で、水中の有機物が好気性微生物により分解されるときに消費される酸素の量のことをいい、普通20℃で5日間暗所で培養したときの消費量を指します。
  有機物汚染のおおよその指標になりますが、微生物によって分解されにくい有機物や、毒物による汚染の場合は測定できません。逆にアンモニアや亜硝酸が含まれている場合は微生物によって酸化されるので、測定値が高くなる場合があります。
  BODが高いとDOが欠乏しやすくなり、BODが10mg/l以上になると悪臭の発生などが起こりやすくなります。魚類に対しては、渓流等の清水域に生息するイワナやヤマメなどは2mg/L以下、サケ、アユなどは3mg/L以下、比較的汚濁に強いコイ、フナなどでは5mg/L以下が必要とされています。

化学的酸素要求量 COD

水中にある酸化されやすい物質によって消費される酸素量をいい、BODが水中の生物活動によって消費される酸素量をいうのに対して、CODは純粋に化学的に消費される酸素量です。CODは Chemical Oxygen Demand の略称で、微生物が水中の有機物を分解する際に必要とする酸素量を示しています。水質汚濁に係る環境基準ではBODが河川の基準値であるのに対してCODは湖沼、海域に対して適用されています。一般に1mg/l (1ppm)ぐらいの水は非常にきれいで、渓流の岩魚が棲めるような源流域の数値です。また、通常河川のDOの値は、冬は高く、夏は低いですが、水中の植物プランクトンの光合成が活発になりDOが高くなることがあります。なお、地下水中のDOは、酸素の供給状態が悪く、検出されないのが普通です。

アンモニア態窒素 NH4+-N

アンモニアが水に溶けたもので、タンパク質などの有機物が多い汚れた水にたくさんあります。タンパク質は分解される途中でアンモニアになるからです。アンモニアの量は、生活排水や農業排水などと深い関係があります。

硝酸態窒素 NO3--N

硝酸塩として含まれている窒素のことで、水中では硝酸イオン(NO3-)として存在しています。種々の窒素化合物が酸化されて生じた最終生成物で、富栄養化の原因となります。

電導率 μS/cm

水の電流の通しやすさを示すものです。水は、含有する電解質が多ければ電気抵抗が小さいため電流を通しやすく、反対に電解質が少なければ電流を通しにくい性質があります。不純物の少ない綺麗な水は電流を通しにくくなります。電導率の単位はμS/p(マイクロジーメンス/p)で数値が少なくなればなるほど純水に近くなります。地域によって違いがありますが、水道水はおよそ100μS/pです。

 水質で特徴的なことは、酸素が十分に溶け込んでおり、カワニナの繁殖に欠かせないカルシウム分が多いということが挙げられます。また、珪藻類の繁殖に必要な珪酸塩・マグネシウムも含まれています。
ただし、水質の化学的分析数値は生息地ごとに相違があり、生息範囲はかなり広い値ですので、水質だけでゲンジボタルの生息条件を決定づけることはできません。これは、ゲンジボタルの生息地における水質への適応性を表していると言えます。農薬が流れ込んでいたり、極端な酸素不足や腐敗の進む水質でない限り、ゲンジボタルは生息できると言えます。しかしながら、生育途中での水質の急激な変化(悪化)には、とても敏感に反応し、場合によっては死んでしまいます。

ゲンジボタルの生息条件 - 水質的要因/生物学的水質判定 -

水質を上記のように化学的に分析する方法の他に、生物学的水質判定の方法があります。水生生物を指標生物として、水域の1地点にいかなる水生生物が生息しているかを調べることによって、その地点の水質清冽汚濁の程度を判定するというものです。
ここでは、Beek氏(1955)が提案し故津田松苗氏が改変したBeek-Tuda方(1961)を利用しました。

  1. 瀬の石礫底の部分にて採集
  2. 50cm×50cmのコドラートを置き、肉眼的水生生物をすべて採集
  3. 採集した生物をA−非汚濁耐忍種(intolerant species)とB−汚濁耐忍種(tolerant species)にわけて種類数を記録します。そして2A+Bとして汚濁の生物指数(biotic index)とします。採集水生生物の分類は、津田著「汚水生物学」(1961)を参考にしています。
ホタルの生息条件における水質的要因/生物学的水質判定

生息地

生物指数

階級

A渓流

35

清冽(中程度)

B谷戸

29

清冽(中程度)

Cハケ

19

やや汚染

生物学的な水質判定では、ゲンジボタルの生息地の水質は中程度の清冽、もしくはやや汚れているという結果になっています。
これは、ひじょうにきれいな河川源流部では、カワニナの食べる珪藻類が繁殖しないためであると言えます。

ゲンジボタルの生息条件 - 気象的要因 -

ホタルの生息条件における気象的要因

項目

概要

気温

雨量

年平均1354mm

湿度

ゲンジボタルの生息条件 - 水辺の物理的要因 -

ホタルの生息条件における水辺の物理的要因

項目

概要

水量

0.3〜4.6 l/sec.

水深

10cm〜40cm

流速

1cm〜30cm/sec.

川幅

1〜3m。正午頃、水面に直射日光が当たっている所とそうでない所が同じ面積である。

流 形

瀬と淵が交互にあり複雑な河川形状

底質

泥質、砂礫、礫

湧水源

落葉広葉樹林を源泉

浄化能力

水生昆虫や微生物が多く存在し、自然浄化作用が大きい。

日 照

4〜5時間/日

陸地

草で覆われ、土の露出はほとんどなく、湿性植物が土の湿り気を保っている。

護岸状況

自然の岸(一部護岸)

空間

河川は測道よりも1m以上下を流れており、一方が林、他方が水田や畑であることが多く、河川上には適度な空間が存在する。

地質

石灰岩層、ローム層、黒ボク土

水辺林

落葉広葉樹林が主体(一部スギ林)

ゲンジボタルの生息条件には餌となるカワニナが生息していることが不可欠ですが、カワニナは、小さな湧水の流れの非常に穏やかで水深も1cmくらいのところから、渓流の流れの速い瀬の部分まで幅広く生息しています。しかしながらいずれも石灰岩層があり、日当たりが良く、珪藻類など植物性プランクトンが多い、さらには、周辺に落葉樹が多く落ち葉が流れの中に多くある、あるいはセリなどの植物が茂っているなどの特徴をもっています。
一方、ゲンジボタルの幼虫は、底に砂や泥がたまったところではなく、ある程度隙間をもって石が重なったような場所で、しかも自身が流されない程度の流れがある場所に生息しています。
つまり、捕食者のホタルの幼虫は、被食者のカワニナの生息圏のごく一部で生息していると言えます。これにより、餌のカワニナを壊滅させることなく、幼虫も暮らしていくことができるような自然の仕組みになっているといえます。
このようなことからホタルの生息地では、この二種類の生物が生活していくために川の空間構造が多様であると言えます。実際は、他にも多種多様な生物が生活しているのですから、非常に複雑で多様な構造が形成されていると言えます。

<ゲンジボタルの生息景観/物理的環境特性>

東京都におけるゲンジボタルの生息地では、特に物理的環境において共通した形態が見られます。谷戸という谷型の地形あるいは自生する植物と、そこを流れる川によって生息域の周辺に湿度の高い空気が停留するというものです。風の比較的強い時でも、その場所ではほとんど風は吹きません。ホタルの成虫は、その空間を好んで飛び回ります。この物理的環境は、ホタルが多数生息出来るか否かを判定する上で、1つの目安となるのではないかと思われます。これを「ホタル景観率」と呼ぶことにし、水平方向への景観率をb/aで、垂直方向への景観率をc/bで表すことにします。(古田1977.を改変)

ゲンジボタルの生息景観(物理的環境特性)図その1  ゲンジボタルの生息景観(物理的環境特性)図その2
ゲンジボタルの生息景観(物理的環境特性)図その3
a:流水幅
  b:河川幅
  c:植物自生高
  b×c:湿度の高い空気の停留域
  ホタル景観率
  b/a:水平方向への景観率
  c/b:垂直方向への景観率

生息地のホタル景観率図  グラフ.生息地のホタル景観率

ホタルの生息地の「ホタル景観率」を調べてみますと、上のグラフのような分布が見られます。
水平方向への景観率では、2.0〜3.0、垂直方向への景観率では、0.5〜1.5が良好な物理的環境であると言えます。

ゲンジボタルの生息条件 - 人為的要因 -

ホタルの生息条件における人為的要因

項目

概要

人工照明

ほとんど無い、あるいは全く無い。

車道

全く無い、あるいは川沿いに幅員5m以下。

通行量

夜間は非常に少ない。

人家数

全く無い、あるいは5件以下。

下水・農薬

周辺の人家や田畑から下水・農薬の流入はほとんどない。
あっても極少量で河川によって希釈・浄化される。

ホタルの成虫は、光をコミュニケーションにしているために、特に人工的な灯りがないことが必須条件であると言えます。
参照:ホタルに及ぼす人工照明の影響

ゲンジボタルの生息条件 - 生物的要因 -

ホタルの生息条件における生物的要因

項目

概要

植物の種類

多種多様で水辺林特有の植物形態

落葉量

水域に落葉広葉樹があり、落葉量は豊富(一部スギ林)     

コ ケ

水辺に多く繁殖し、状態は良好。

魚 類

谷戸−メダカ、ホトケドジョウ、渓流部−アユ、ヤマベ、イワナ

両生類

蛙類5種、有尾類3種

水生昆虫

カワゲラ、カゲロウ、トビケラ、ヘビトンボ等多種

水生貝類

カワニナが豊富に生息

ゲンジボタルの生息景観

基本的な生息条件だけでなく、以上の1つ1つの様々な要因が複雑に関係しあって、いわゆる「多様な生態系」を形成していることが、ゲンジボタル生息条件の大きなポイントであると言えます。


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