ホタル百科事典/ホタル飼育における限界

東京にそだつホタル

ホタル飼育における限界

ホタル水路での人工飼育

小さなビオト−プでは、ホタルの生態系再現はできない。

  当初、私のホタル飼育は、すべて室内もしくはベランダにて、水槽や発泡スチロールを加工した独自の飼育装置でのホタル飼育でした。(参照:ホタル飼育観察日誌)それまでの経験からホタル飼育の方法はほぼ確立しており、今後は、なるべく自然に近い状態で飼育し、最終的には自然発生させることを目的として、自宅の庭に小さなホタル水路(ホタル飼育施設)を作りました。幅90センチ、長さ2メートル程の水路を蛇行させ、川魚を放し、カワニナを入れ、4齢ほどまで飼育した幼虫を放流したところ、30匹以上の成虫が羽化しました。私はその後、発生した成虫の多くは採集せずにそのままにしておきました。また、採卵させて孵化した幼虫は、大きくなるまで飼育することはせずに、1齢か2齢の若齢幼虫の時に放流しました。翌年20匹ばかり羽化しました。室内で沢山の幼虫を養殖飼育し、大きくなった幼虫を3月頃に放流すれば、もっと多くの成虫が乱舞したでしょう。しかしながら、年を重ねるごとに数は減り、最終的にはホタルの発生数はゼロになりました。ホタル水路は、自然の川を上手く真似て作ったつもりでしたが、数年たつと底にはヘドロが溜まり、藻も繁殖してしまい、水質が悪化してしまいました。自然の川では、大雨が降れば増水し、川底のヘドロは一気に流されてしまいます。それと同時にホタルなどの生物もながされて一時的に数は減りますが、川は次第に美しさを取り戻し、ホタルたちも再びその数を増やしていきます。これが自然界なのです。カワニナの繁殖も思わしくありませんでした。ホタルの棲む生態系構築には狭すぎましたし、私の知識不足もありました。ホタルの住む自然環境を、人工的(ビオト−プ風)に再現することは、とても難しいということ、人工の小さなホタル水路には限界があることを思い知らされました。1983年のことです。またこの時に、「ホタルは豊かな自然環境(生態系)の結晶」であるということを実感しました。

ホタル飼育施設   ホタル飼育施設

図8.写真 屋外のホタル飼育施設

ホタル飼育施設での乱舞 図9.1981年6月22日の読売新聞
画像をクリックすると大きな画像でご覧頂けます。

  現在、全国の様々な地域で、人工的なホタル水路の中で沢山のホタルを羽化させている場所があります。例えばある場所では、建設費や維持費に膨大な費用をかけ、ホタルを1匹飛ばすのにかなりのコスト(自治体ならば税金)がかかっています。水路においてのヒルの発生を防ぐために、塩分を投入したり、水温を23度以前後に保つための大型空調機を設置したりしています。水は循環しており、大きな濾過槽が設置されています。雨を降らせる装置や細霧発生機などを用いて幼虫の上陸を助けます。

  その規模にもよりますが、人工的なホタル水路の中で沢山のホタルを発生させることは、簡単なことではありません。

  仮にそのホタル水路の幅が1m、長さを20mとしましょう。底面積は、20万平方センチになります。また、水位が20cmあるとすれば、両側面積は8万平方センチになります。水路の底には、石があるでしょうから、面積はもっと多くなります。仮に10cm角の正方形の石が互い違いに置かれていたするならば、総面積は46万5千600平方センチという計算になります。これは、1cm四方の正方形が465600個あるということです。
次にホタルが発生するために、カワニナが何匹必要かを考えます。矢島稔先生の研究では、100匹のホタルが発生するためには、最低でも12500匹のカワニナの母集団が必要であると言います。

  例えば、1万匹のホタルが羽化させるためには、最低でも125万匹の様々なサイズのカワニナが生きていなければならなくなります。つまり、水路には、1cm四方全てに3匹以上のカワニナがいなければならない計算になるのです。

  また、ゲンジボタルの生態から考えると、幼虫の蛹化に関しても最良の土壌環境が、かなり広範囲に存在しなければなりません。矢島先生の研究施設(多摩動物公園:240平方メートルの敷地に全長約70mの水路)では、生態系のバランスから平均300匹のホタルが羽化したと報告しています。

  ホタルの人工飼育には、こんな弊害もあります。通常自然界では、1匹メスが約500個の卵を産みます。しかし孵化率は100%ではありません。孵化した幼虫は、成長もばらばらで1年で成虫にならずに2年3年かかるものもいます。これら幼虫も、無事に育つのは多くはありません。更に蛹になっても成虫として羽化するものも100%ではありません。1匹の産んだ500個の卵から、翌年に成虫として飛び回るホタルはだいたい2〜5匹前後なのです。一見少ないように思えますが、実際はこの数に2年、3年かがりで羽化した数が加わります。これで、その場所のホタルの集団は遺伝的形質も単純ではなく、また数も極端に減少することなく存続しているのです。そのために、ホタル自身も多くの卵を産むのです。しかし、これを無視して過保護に育て、何世代も累代飼育した場合は、ホタルの遺伝的形質が書き換えられてしまう可能性も考えられます。例えば、産卵数が減少したり、遺伝的形質が偏れば、自浄作用で途中で死ぬ数も多くなってしまう可能性もあるのです。
 ただ、このようにホタルを人工飼育してはじめて分かることも多いのです。

  人工的な施設内でホタルが乱舞すれば、訪れた方々は見て感激するでしょう。たいへん身近でホタル鑑賞ができるという点では、大きな意味があります。生まれてくるホタル達も貴重で大切です。

  しかしながら、私は、自宅の庭に設けた人工水路でのホタル飼育を止めることにしました。ホタル飼育は、生態の研究において必要な時だけにしたのです。私がやるべきことは、自宅の庭でのホタル乱舞を目指すことではなく、自然とそこに暮らすホタルの保護や、環境悪化したホタル発生地において、ホタルが自然発生する生態系再現のために努力することの方が重要であり、最優先であると思ったのです。「人のためではなく、ホタルのための研究と活動」をしようと決めたのです。

生態の研究上、飼育する必要がある場合を除いては、ホタル飼育はなるべく短期間に、出来れば飼育しない方が良いと思っています。ホタルは自然のその小川で生きているのであり、そこにいるから価値があり大切であり、大きな感動もあるのです。

参照  /  ホタル飼育の目的


前 項[カワニナ飼育と方法]  /  次 項[ホタルの飼育と観察日誌

ホタルと美しい自然環境を守りましょう。 / Copyright (C) 2001-2024 Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.